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日記の一葉

3

©courtesy of Amierl Family (Częstochowa)

 父さんはわたしを抱きあげると、「プールで飛び込みをするみたいに、両手をのばしなさい」といって、穴にわたしを頭から押しこんだ。だが、穴の口が狭すぎたので、あわててわたしはコートを脱ぎ、また父さんは、わたしに飛び込み姿勢をとらせて黒い穴に押しこんだ。わたしは茫然としていた。さよなら、をいう間さえなかった。父さんの、嗚咽と微笑みがないまぜの、真っ青な顔だけが記憶にある。
 穴の向こう側にいた、口髭をたくわえた男の人が、わたしを引っぱりだして立たせてくれた。気を取りなおす間もないうちに、黄色いコートが足もとに落ち、顔をあげると、もう穴はなかった。すべすべした壁には「チェンストホーヴァの黒い聖母」の金箔の聖画がのどかに掛かっていた。
 こうして、わたしは強制移送の真っ最中にゲットーをあとにした。子ども時代、ベレー帽、スカーフ、美しい母さん、そして頭の禿げた愛する父さんは、向こう側にとどまったままだった。あのとき、わたしは11歳だったが、あのとき以来、わたしは安らぎを知らない。

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